ACTION日本が動いた! 2009全記録 3時間生放送
今日12月23日(水・祝)
1部:午後3時55分~(一部地域を除く)
2部:午後4時55分~
ACTION2009をご覧頂いてありがとうございます。
本日の放送で募集している『2010年、鳩山政権に一番取り組んでもらいたいテーマ』は
こちらの「投稿フォーム」で募集しております。
たくさんのご意見お待ちしております。
この取材ノートへのコメントは下記フォームで受け付けております。
(取材ノートに投稿されたコメントは公開されます。詳しくは下記の注意事項をお読み下さい)
また、過去の取材ノートもぜひご一読下さい。
Comment
クロダ マコト さん
ものすごい番組だ。今まで、我々が知らない場所で起きてる事がどんどん知られていくのだから物凄く日テレも大した者だ。此れを気に二度とこの日本に悪をもたらしてはならないし私も人間変えようと思う。これからも日本テレビを陰ながら応援していく。
2010年1月28日 15:18
萩原重夫 さん
鳩山政権(実質小沢政権)に期待するものはないが、このまま推移すると、参院選で民主党は勝てないかもしれない。また小沢逮捕、起訴ともなれば、解散総選挙に追い込まれ、衆院の議席も大幅に減るだろう。
一方の自民党が、再生したとは到底思えず、国民は不毛の選択を強いられることとなろう。
特に、危惧する点は、民主党内から小沢批判がほとんど聞こえてこないことで、これでは「民主」党とはいえない。
2010年1月24日 05:52
chery kim さん
見ましたよ。
2009年12月26日 19:41
森田 常男 さん
福祉優先改革をして貰いたい
2009年12月23日 17:14
どん さん
公訴時効の件。警察の捏造された情報に基づいて起訴が行われたとすれば、錯誤または不正行為によるものであるから「起訴自体を無効」と解釈できないでしょうか。ともあれ、再審の結果を出すまでには時効に関して合理的な判断を出して欲しいと思います。
2009年12月23日 17:01
ラビット飯田 さん
その年の歳入に対しての歳出(予算)のバランスを考慮してもう一度考え直してはどうか?今まで自民党でやってきた予算は徐々に縮小して、マニフェストは3年後に実現できればいいのではないかと思う。一般の家庭や会社のように、歳入が落ちたら来年度の予算は落ちなければならないのに、どうして95兆円なんて使えるのかそれ自体が不思議だ。埋蔵金を当てにしているようだが、その埋蔵金はすべて国債の返済のためにあてて、従来の歳入に対しての歳出を考えるべきだと思う。諸外国への援助の金額を少しセーブして、まず自国の危機を回避するべきだと思う。基本的に借金をしてはならないのは、誰しも思うことだ。
2009年12月23日 16:15
コメントはこちらから
菅家さんの声 (第29回)
1991年12月2日、菅家利和さんは逮捕された。
友人の結婚披露宴に出席する予定だった朝、突然ふたりの刑事がやってきた。警察での10時間以上に及ぶ厳しい取調べ。時計の針が零時を回った時に、逮捕状が執行された。そして、18年が経過した同じ12月2日、菅家さんは足利市で新しい生活を始める宣言をした。
「やっと帰ってまいりました」
しかし、うれしさだけではない、若干の曇りも持ち合わせているのだ。
釈放から間もなく半年が経過する。
これまで菅家さんは、東京近郊のアパートに住み、冤罪に関する講演会などに参加する忙しい毎日を送ってきた。
釈放直後の菅家さんは、道を歩いていても、信号に気づかずに横断歩道で飛び出しそうになった。駅の自動改札も切符を入れて通るタイミングが合わず、ピンポーンと鳴らされた。
しかし、今は、友達も出来たし、一人で電車を乗り継ぎどこへでもいけるようになった。地方に行ったときには、私たちにも土地のお菓子をお土産に買ってきてくれる。先日も、岐阜に行ったと、重い"ういろう"をくれた。
「私がうれしいんです。こういう事をしたかったんですよ」
その菅家さんが、いよいよ故郷に帰ることになった。
足利市は、菅家さんに住宅と仕事を斡旋する。引越しを済ませたアパートは、居心地の良いところだそうだ。仕事は、当初スクールバスの運転手が提示された。ところが、市役所にはある市民からこんな手紙が寄せられたと言う。
"裁判で無罪になっても、本当に菅家さんが犯人ではないと信じられない。菅家さんに子供を預けるには不安だ"
故郷での静かな生活を願う菅家さんだが、こうした厳しい声や、人の視線を気にせずにいられるのだろうか。再審が終わっても、菅家さんの気持ちが全て晴れるわけではないのだ。
「自分が真っ白な気持ちになれるため、真犯人を見つけて下さい。警察や検察は、私の17年半を無駄にしないように、犯人を捜しだして下さい」
獄中から無実を訴え続けた菅家さん。そして釈放されてもまだつらい立場が続くなか、その言葉は司法に届くのか。
ACTION2009 日本が動いた!報告スペシャル
ACTION2009 日本が動いた!報告スペシャル
今日10月12日(月・祝)3時間生放送!
1部:午後3時55分~(一部地域を除く)
2部:午後4時55分~
ACTION2009をご覧頂いてありがとうございます。
この取材ノートへのコメントは下記フォームで受け付けております。
(こちらに投稿されたコメントは公開されます。詳しくは下記の注意事項をお読み下さい)
また、過去の取材ノートもぜひご一読下さい。
「日本が動いた日」(第28回)
「何で会わせてもらえないのか、わからないですよ」
6月4日朝、私は千葉刑務所の待合室でゴネていた。菅家さんの面会を申し込んでいたのだ。
これまでもトライしてきたが、"親族などの、親しい人にしか会わせられない"と断られてきた。
そして今日も。問答を繰り返す内に、応対する刑務官は2人から6人に増え、時計の針は一回り半もしていた。
敗北感を噛みしめながらくぐる、赤煉瓦の門。
すると、外で待機していた取材班のカメラマンが駆け寄ってきて、耳元でささやく。
「純子さん!今日、釈放ですって、今日、こ・れ・か・ら・ですよ」
「えーっ!今日なの?」
本社のスタジオでニュース解説する予定だった清水記者も、人に仕事を任せてこちらへ向かっているという。そう、私たちは現場が好きなのだ。
周囲の動きがビデオの早送りのように慌ただしくなってきた。門の前に設置された鉄パイプの規制線の中に、各社がぎゅうぎゅうに脚立をたて陣地を作る。中継車が電波チェックをし、上空には数機のヘリコプターが旋回を始める。狭い道路にあふれる報道陣と見物人。交通整理に駆り出された警察官の笛の音がけたたましく響く。取材を始めて2年。今日、千葉刑務所前の前には信じがたい人がいた。騒然とした空気に、事の重大さを改めて確信した。
「菅家さ~ん、釈放おめでとうございます」
15時48分。門があき、出てきた紺のワゴン車に向かって私は叫んだ。初めて見る菅家さん。ワゴン車の中にいた清水記者が、手を振ってやってくださいと頼んだらしい。
面会で会えなかった菅家さんが、なんと、自分から外に出てきたのだ。今朝の1時間半はいったい何だったのだろうかと、マイクを持ったまま苦笑した。
200人を優に超えた記者会見。会場内の興奮と拍手の中、菅家さんは壇上に上がった。表情は硬かったが、わかりやすい言葉と誠実な人柄が画面を通じて伝わった。
それから、数日間、行き掛かり上、私は菅家さんの付き人のような立場になった。菅家さんは、どんな状況でも嫌な顔をせず、本当に素朴で柔らかい人だった。中でも一緒に行ったカラオケは印象深い。菅家さんは歌が大好きで、釈放されたら1番にやりたい事がカラオケだった。
「好きなことは、眠くないですねぇ」
と、疲れなど感じさせない菅家さんの嬉しそうな顔。十八番は橋幸夫。他に石原裕次郎や三田明など、一気に20曲を歌った。"いつでも夢を"を一緒に歌った。菅家さんにとっては、20年ぶりのデュエットだそうだ。時折ふざけて、「志村けん」のものまねをしたりする菅家さん。本当はこういう人だったのだ。菅家さんの素顔をそこに見た気がした。
週末には、鎌倉の鶴岡八幡宮にも行った。
外に出ると大勢の人々に囲まれる。"良かったですね""おめでとうございます""写真撮ってください"。中には、涙ぐんで握手を求める人もいた。
「釈放のお礼と、これから、良縁に恵まれますようにお願いしました」
菅家さんは、日増しに表情を取り戻していった。
嬉しそうな菅家さんを見つめながら思った。
極悪非道な幼女殺人犯にされた人が、今や"時のひと"だった。
そして、今回の展開は、司法界に大きな衝撃をもたらした。ついに、最高検が謝罪会見をするという、前代見聞の結末を迎えた。
まさしく日本は動いた。
そして、目前のこの人は、自由を取り戻したのだ。
私はその渦の中にたっぷりと身を浸し、これまでに経験した事のない充実感に包まれた。
「これ、連続事件だと思うんだよね」
'07晩夏、日本テレビの喫茶ルーム。清水記者と私は、たった2人の極秘ミーティングをし
ていた。
「もし、同一犯による連続事件なら、この事件は冤罪のはずだ」。
あの日、それを根拠にこの取材が始まったのだ...。
「再審以前」(第27回)
取材開始から2年。菅家さんと、初めて会えたのは、釈放直後のワゴン車の中だった。
開いた窓から、支援者に手を元気よく手を振る姿。今、自由の身となり、車窓を流れる街を見る瞳は、希望に輝きながらも、次第にこぼれんばかりの涙が溜まってきた...。
検察庁の動きは早かった。
私たちは、31日のバンキシャ「再審目前...水面下の攻防」で、DNA再鑑定結果に対する、検察の知られざる動きをお伝えした。検察官は、こっそりと遺族を呼び、被害者のDNA鑑定を求めていたのだ。だが、どうやらその結果は芳しいものではなかったらしい。
放送翌日、霞ヶ関を中心とした関係機関から、さまざまな声が漏れ伝わってきた。
"いったい、誰がこの責任を取るのか"
"このままでは検察が持たない"
"自分たちは、警察馬鹿だった..."
聞こえてくる言葉は、もはや敗北宣言としか取れないものばかりだった。
4日午前、被害者、マミちゃんの母親に、検察庁から1本の電話が入った。それは、
「今日の午後、釈放することになりました...」というものだった。
再審どころではなかった。その決定前に、検察が「刑の執行停止」を求めたのだ。これは日本で初めてのケースだという。検察は完全に白旗を上げた。
足利事件は、菅家さんの「自供」とDNA鑑定という「物証」で起訴された事件だ。
ところが、その自供には、まったく触れることがないままの釈放だ。それは、捜査がいかにずさんであり、あやふやなDNA鑑定だけで、起訴されたかという証明でもあった。
殺人など重大事件で日本の再審は極めて少ない。過去開かれたいくつかの再審も、戦後の混乱の中での事件だったりと、特殊なケースが多い。しかし、足利事件は、平成の事件だ。にもかかわらず、こんな杜撰な捜査が行われていたことに、ただ呆れるばかりだ。
結果、菅家さんという、全く別の被害者まで出してしまったのだ。
さて、兎にも角にも、ここまで取材は到達した。事件記者としては、やりがいのある仕事であったと言える。しかし、喜んでなどいられない。事件は振り出しに戻り、未解決となったのだ。
被害者は、遺族は納得できない。
そして、犯人は、今もどこかにいる。
たとえ時効であろうとも、警察は、捜査をやり直して頂きたい。
そして、我々の取材も、ここでは終わらない。

