アメリカの6連覇、止められず(2006/09/09)  

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決勝の日本vsアメリカは、24歳vs23歳のエース対決となった。

日本が世界に誇る超剛速球の上野由岐子と、左腕から繰り出す超変化球のオスターマンと。

タイプの違う二人が国際舞台にデビューしたのは、同じ2001年だった。USカップでオスターマンがアメリカチームの優勝に貢献すれば、上野はその直後に行われたカナダカップで、日本の優勝に貢献した。

あれから5年。二人はチームの「エース」として、世界選手権のピッチャーズサークルに立っていた。

二人は、共に開幕戦を投げ、3戦目に先発し、6戦目の予選グループの1位決定戦を投げ、北京オリンピック出場のかかった決勝ラウンドの1戦目を完投した。

日米のエースの起用が分かれたのは、その次の一戦だった。

決勝進出がかかった、日本vsアメリカ戦で、アメリカはオースターマンを休ませ、上野は投げた。
結果、エース勝負に出た日本が勝ち、翌日は上野が1試合、オスターマンが3位決定戦でオーストラリアに投げ、続いて決勝で日本に投げて2試合連続のピッチングとなったので、二人の登板した試合数はいっしょになった。中一日おいての2連投か、中一日をおかずの連投か。

決勝では5回までは互いに得点を許さなかったが、6回、アメリカの打撃のリーダー、メンドーザが上野の球をライトへライナーで叩き込んだ。2ランホームラン。はりつめていた何かが切れたような瞬間だった。

試合後の会見で、メンドーザは上野の配球をほぼ読んでいたと明言した。4番ブストスは「連続アーチを描けたのは、メンドーザが配球を教えてくれたから。余裕を持って振り切ることができました」とコメント。7月のUSカップと、ガラリと配球を変えた世界選手権初戦のアメリカ戦ではアメリカのバッターはまんまとしてやられたが、同じ投手から2日続けて三振を取られることはなかった。上野は7月の配球と前日の配球で、決勝で投げる球を読みきられてしまったのである。(写真はブストスのホームラン)

日本相手にオスターマンを1度しか投げさせなかったアメリカは、決勝で1安打完封。

記者会見ではカンドレア監督に「オスターマンを1度目の対決で温存したのか」と質問がなされたが、「温存ではない。フィンチを先発させても日本には勝てると思ったから」と言い切った。特筆すべきは、その監督の言葉に続くブストスの発言だった。

「代表として選ばれてここにやってきている選手は、みんな試合に出たいんです。試合に出るためにやってきているんだから。だから昨日の日本戦はフィンチやサザンが出た。フィンチで勝てると思ったから監督は先発させたし、本人たちは出たい、投げたいという気持ちが強かった。アメリカはみんなで戦っているチームなんです」

ブストス自身、シドニーオリンピックのころはなかなかいい場面で試合に出してもらえないという経験があった。今のアメリカチームでは、チャンスは全員に与えられる。産休明け4か月目のフィンチは球のキレが全盛期ほどなかったが、どんな国を相手に登板するときも、全力で投げ込んでいた。

4日の日本戦でフィンチは投げ、打たれ、味方の逆転がないままピッチャズーサークルをあとにした。
日本の好守備に阻まれて、得点に貢献できなかったブストスと、打たれたことを申し訳なく思うフィンチと。ここで負けたことが、さらにアメリカ選手たちに喝を入れた。

5日の日本戦で、上野から最初にヒットを打ったのはフィンチだった。そして上野から得点したのは、前日まったく上野から打てなかったメンドーザと、ブストスのMB砲であった。

「アメリカにはスピードに加えて、パワーがある。それが強みだ」とカンドレア監督。

以上の会見のコメントの中に、日本とアメリカの差異が明確に現れた。

日本はなぜ決勝ではアメリカに勝てなかったのか。1度は勝っているのである。
アメリカの世界選手権の連勝記録は破ることに成功した。

あと1歩まで王者を追い詰めながら、あと1歩届かなかった。

その課題をそれぞれが自覚し、あと2年で克服していくしかない。

とはいえ、各国が力をつけていく中で、日本はオーストラリア、中国に辛勝し、「世界2位」の座を獲得した。それは選手たちにとって確かな自信になったはず。

同じこのスタジアムで2年後に笑えばいい。

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