NAKATA×ZERO

2012年6月14日

「中田、日本を旅する。」~小笠原編~

日本を旅し続ける中田が訪れたのは、東京都の小笠原村。
2011年に世界自然遺産に登録された島々だ。

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小笠原諸島の玄関口、父島。
人口およそ2000人、小笠原諸島最大の島だ。

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中田「ここって小笠原ってFM入るのかな?…まったく入らない」

島の至るところに豊かな自然が広がる。

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陸だけでなく、周辺の海も含めて、諸島全体が世界自然遺産だ。

海にはクジラやイルカの仲間が多数生息、小笠原で独自の進化を遂げた貴重な生き物も多い。

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森林を保護する地域に入るには、外来植物のタネなどを持ち込まないよう、
服や靴を丁寧に洗浄・消毒するのがルール。

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突然の大雨。

中田「何かトトロを待っているような画じゃない」

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亜熱帯の島では、珍しいことではない。

夜の森には、意外な生き物が。

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自然ガイド
「夜光っているキノコです。名前を島のあだ名でグリーンペペと言います」

父島の自然を満喫した翌日、小笠原諸島で人が暮らすもう1つの島、母島へ。

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父島からは、さらに船で二時間。
母島の人口は、現在、およそ480 人。

中田が興味を持ったのは、この絶海の孤島で人々がどうやって暮らしているのか。

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中田「でも450人くらいだと皆、親戚みたいなもんですね」
住民「おっしゃる通り、何も悪いことは出来ない」
中田「逆に恋愛も大変ですね」
住民「二時間でみんな知ってますよ」

島での生活には、どんな工夫があるのか?
島にある唯一の学校を訪ねた。

一年を通じて、気温・湿度が高い小笠原では、エアコンなどの電化製品が欠かせない。
この学校では7年前から、屋根に設置したソーラーパネルで太陽光発電を行っている。

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島の限られた電力を、少しでも自分たちで賄おうという試みだ。

島の主要産業のひとつ農業。
主力となっているにはミニトマトとパッションフルーツだ。

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農家
「この土地に合うものと、輸送性のあるものを皆で探っていこうと。
中田
「やっぱりそこの輸送性というのは、1つ大事な」

六日に1便、一往復しかないためそれに耐えられる商品でなければならない。

島には、医者も一人だけ。
それゆえの、住民の工夫もある。

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医師
「母島の患者さんには、一人体制だという事をよく分かって頂いていて。
母島の場合、本当に急患じゃなければ休日とか呼ばれないように配慮してくれている」

住民たちの気遣いで、島の医療が成り立っているのだ。

小笠原に住む人々に触れ、中田が感じたこと。
 
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中田
「やっぱり世界遺産に登録されたからというわけでもなく
もともと自然っていうものと一緒に生きていく……
そこには不便さもあるけど、それが普通でしょ、と受け入れている。
その部分には非常に感銘を受けたし、
ある意味で目指すべきひとつの部分なんじゃないかなと。
都会に住む僕たちとかが。
例えば環境を守っていこうと言った時に、
どっかの木を切らないようにしようとか、
すぐそっちに頭が行きがちだけど、自分の住んでいる環境、
住む地域社会、それは自然も人間も施設も入るだろうし、
そこをより良くしていこうっていうのが、一番大事なんじゃないかなと」


自然と共に生き、人と人とが繋がる島。

中田英寿の旅は、まだ続く。

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2010年4月 8日

「中田、日本を旅する。」~四国編~

中田英寿は雪の降りしきる、高知県にいた。

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“最後の清流"と呼ばれる美しい四万十川が流れ、県の84%を森林に囲まれる高知県。
しかし、この豊かな自然環境にも変化が起きているという。

漁師「海苔だけじゃなくて、鮎もうなぎも…」

不漁が続く四万十川…。
その原因は、どこにあるのか?

中田は、自然環境を専門に学ぶ高校があると聞き、向かった。
県立四万十高校。

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この高校には日本でも珍しい「自然環境コース」が設けられている。

校長「ここの立地だと思いますね。川があって森があって。
四万十川という川が流れていて。その下流に海があって。
森と川と海と三つ繋がってますから、その三つについて学習させようと」
中田「どういう勉強をしているのかなぁっていうのが、
すごい興味があって」

中田は彼らの授業に同行させてもらう事にした。

この日は、珍しい大雪の中、校舎のすぐ横を流れる四万十川で
水の透明度や、生息する水生生物の調査が行われていた。

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先生「今、川の透明度を計っていますが良かったら入って行かれても」
中田「気温は氷点下ですか…」
先生「気温は。はい」

中田、川へ。

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生徒「あっ、おったおった。」
中田「珍しいの(生物が)見つかったんですか?」
生徒「はい。虫たちに得点をつけていて、それでいうと9点!」

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生徒「かなりの高得点」

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中田「ダンゴムシみたい」

生徒たちはこうした調査を続けることで、
四万十川の水の状態を記録してきた。

最後の清流と呼ばれる四万十川にも、水質の変化があるという。

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それが影響しているのだろうか、川では不漁が続いている。

四万十川の鮎やアオノリの収穫量は、
20年前に比べ4分の1に減った。

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漁師の小野隆利さん「このままいけばたぶん、何もいない川になってくるかもしれんね」

魚が穫れなくなった原因、その一つに「山」が関係しているのではないか…。
中田の訪ねた四万十高校では、山の調査も行っている。

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生徒「この木が何か分かりますか?
中田「杉の木!」
生徒「そうです、杉です。
ここは間伐をしていて、すごい手入れされている場所です」

かつて林業が盛んだった高知県。人工林は森全体の65%にのぼる。
人工林の中から太くて良い木を残していくため
余分な木を切って間引く、「間伐」という作業を行う。
しかし、林業が衰退して「間伐」が行われなくなると、木が密集したままとなる。
すると、地面に日が差さなくなり、下草が育たなくなる。

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地面はむき出しになり、雨が降ると、雨水が土砂とともに一気に川まで流れ出てしまうのだ。

生徒「(土が)いい状態のときはフワフワしていて
踏んでみると柔らかいことが大きな特徴です」
この状態の土は 雨が降ったときに水がしみこみやすくて
保水力がいいと言えます。
保水力が良ければどうなると思いますか?」

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生徒「そう。雨がすごく染み込みやすくて水をきれいにしてくれます。
その水がそのまま四万十川まで流れていきます」

高知県の人工林のうち、75%が「間伐」を必要としている。
だが、林業の衰退もあり、あまり進んでいないのが現状だ。

四万十高校の生徒たちは、筑波大学と共同で研究を行ってる。
調査を統括する恩田教授は、
「山から流れ出た水と土砂が、川の生物にも影響を及ぼす原因のひとつ」と考えている。

「間伐」という一般には聞き慣れない言葉。
中田はその現場を見てみようと足を運んだ。

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森林再生を進める水谷伸吉さんに聞いた。

中田「一つの現場でも、また間伐をやらないと
どんどん生えてきてしまうという事ですか?」
水谷さん「そうです。一回やった場所は大体10年後とか、
定期的に循環していかなくちゃいけないので。
意外とその日本の国土の7割近くが森に覆われていて
そのうちの半分近くは人工林だということは良く知られていません」

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四万十高校の生徒たちにとっては、森も川も身近なテーマ。
教室では、3年生が卒業研究の発表をしていた。
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竹内貴大君は、四万十川の幸、テナガエビの数が年々減ってきている、
その理由を研究してきた。

竹内君「やっぱり山からの(水の)供給が少なくなったことで、
海水が上にのぼりやすくなってきたという原因が
考えられます」

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中田は、地元の自然環境と真剣に向き合う生徒達の姿を知った。

授業の終わり、飛び入りゲストの中田に、生徒の前で話す機会が設けられた。

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中田は、旅を続ける理由を生徒たちに語った。

中田「やっぱり自分の何かを決めるときとか、判断する材料っていうのは
自分の経験でしかないわけであって、
一つの問題に対して答えは一つじゃないですし、
まあそれが、いろんな角度で見られるっていうのは自分の中で
いろいろやっていく中では非常に大きいものなので。
だからずーっと旅をしているんですけど。
この先も続くと思いますし」

経験を増やしていくことで、物事を様々な角度から見られるようにしていきたい。
それが、中田が旅を続ける理由。

生徒「この木は何の種類か分かりますか?」
中田「杉!…いやヒノキ!」

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人との出会いを重ね、中田の旅は、続く。

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2009年11月25日

「中田、日本を旅する。」~九州編~

ニッポンの旅。中田の関心は農業に向いていた。

引退以来、世界の旅は3年にわたった。
その中で中田は世界各地で日本食が愛されていることに驚いた。

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しかし、自分は日本の食というものをよく知らない。
それが日本の農業に関心を持つきっかけだった。

ことし日本を旅し始めた中田は、農家を積極的におとずれている。

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「かぼちゃ、あげる」


その中で熱心に有機農業に取り組む多くの人々と出会った。
有機農業は、化学肥料や農薬を使用しないことを基本とする。
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中田は、こう感じていた。

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農薬を使わなければ、雑草や害虫との闘いになる。
その手間をかけただけの意味があるのか?

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中田は宮崎県・綾町をたずねることにした。
ここは、町を挙げて有機農業に取り組んでいる全国でも珍しい自治体だ。

中田は農家を訪ね、実際の作業の手間について
聞いてみることにした。

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3日に一度、水でアブラムシを洗い流すという。
堀さん夫婦は10年前、サラリーマンを辞め、綾町に戻って有機農業をはじめた。
堀さん「今はやっと、食べられるようになったところです」
10年かかって、やっと農業収入で生活できるようになってきたという。


同じく有機農業をはじめて10年の油田さん。

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油田さん「正しいことをやっているっていう誇りがあるので、いい仕事ですね。」

しかし、10年たった今でも、なかなか収入が安定しないと言う。
そのため夜に塾講師などのアルバイトをして生計の足しにしてきた。

油田さん「単価が今の1.5倍くらいになれば農業だけでなんとか生活できるんですけど」

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有機農業は、手間がかかる上に、安定して多くの収穫を得ることも難しい。

そこで中田は、有機農業を軌道に乗せることができた、という人を訪れた。

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松井さん「ここにきてやっとですけど。
ただ、食べてもらえば味で勝てるけど、実際は最初は見た目で判断されてしまいます」

レストランなどに直接販売すれば、形ではなく味で勝負できる。
販売ルートを持つことが、重要だと松井さんは話した。

農業に関心を持つ中田に、町長からこんな質問が。

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中田「日本の食っていうのはやはりおいしいですよね」
「自分に何ができるとかではないけど、ちょっと勉強してみようかなと」

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町をあげて有機農業に取り組む綾町。
町独自の認定制度までつくって、
「綾町ブランド」の確立を目指しているのだ。

しかし、農家の人々にとって悩みは少なくない。
本当は一般の農作物より高く売らなくては採算がとれないのだが
実際には、それではなかなか売れないというのだ。

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農家の人々が懸命に努力している姿を見た中田は、
この価格の問題について、率直に切り出した。

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高く売るのは難しいという町長。
中田「そこまで努力しているのに伝わらないのはもったいないなぁと・・・」

綾町の人々は「美味しくて安全」な農作物のため、
誇りを持って有機農業に取り組んでいた。

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どうしたら、価値に見合った価格で売ることができるのか。
旅の中で、その答えを見つけていきたいと中田も感じ始めていた。

松井さんの畑には、後継者である息子、晃一さんの姿があった。

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しかし、やりがいを感じている。
晃一さん「笑顔でおいしいねっていう言葉をもらうといいなぁって」

ニッポンの農業に関心をむけた中田。
中田のニッポンの旅はつづく。
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※「ナカタ、日本を旅する」のテレビ未公開動画は、
nakata.net 中田英寿オフィシャルホームページでご覧になれます。

2009年9月22日

「中田、日本を旅する。」~沖縄編~

中田さんは現役引退の後、
世界中を旅してきました。
ところが、ことし突然
「日本を旅する」と周囲に宣言しました。

世界を旅する中で、
自分が「いかに日本を知らないか」
痛感したからだと言います。

この旅で中田さんは、
農業の現場や、日本ならではの「伝統の技」を
見たいと考えています。
そこに「日本のよさ」があるのでは、
と感じているからです。
あらたな旅が始まりました。

中田さんにどんな変化があったのか。
ZEROはその旅に同行していきます。
新シリーズ・スタート、第一弾です。
まず最初に中田さんが向かったのは・・・。

2009年6月 5日

「中田、地球を旅する。」~蚊帳を届ける旅~

現役引退の後、中田さんは
世界を旅しながら
「自分にできることは何か」と
考え続けてきました。
旅のあと、中田さんは
ある決心をしました。
「マラリアに苦しむアフリカに
蚊帳をおくる」。
中田さんは、
3万6千張りの蚊帳を届けるため
アフリカの中部、
コンゴ民主共和国を訪れました。

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