NEWS ZERO|ナカタ×ZERO

ご購入は日テレ屋webへ

NAKATA×ZEROの、スペシャル・プロジェクト。

中田英寿さんの「旅」をZEROが独占取材。
2008年、定期的にシリーズで放送しました。

ワールドカップ直後の突然の引退のあと、中田さんは長い旅に出ました。
どこを旅し、なぜ旅をするのか。その旅は謎に包まれていました。
私たちは、その旅に同行することができました。

また、このページでは、中田さんの旅に同行しているディレクターの旅日記もあわせて掲載します。

2008年03月18日

中田、地球を旅する。 「南米編」

アンデス山脈のそびえ立つ、南米ペルー
そこに、中田英寿は・・・、いた。
031801.jpg

インカ帝国時代の都、クスコ
中田「Mas Sal(スペイン語:塩、もっと)。」
トウモロコシの原産地アンデスで味わう、
本場のポップコーン。
クスコは、アンデス山中に築かれた
謎の空中都市「マチュピチュ」への
玄関口となっている。
中田「やけに短いスカートだなあと思ったら、
中にタイツみたいなのはいてるよ」
「ここの人の格好、
ハリーポッターみたいじゃない?」
「コカ茶よ」
コカ茶には、高山病の症状を、緩和する効果がある。

南米のオリエント・エクスプレスと謳われる
マチュ・ピチュ行きの名物列車。

中田は地球を旅する。

中田「(スペイン語)進行方向はどっちですか?」
なんと、流暢なスペイン語。(語学堪能!)

マチュピチュまでは3時間の旅。


その間、乗客は、バーカウンターや生演奏など、思い思いに楽しむことができる。そんな中・・・
中田はやおらパソコンを開いた。
031802.jpg


自分が次に何をやるべきか常に考え
旅の途中いくつものアイディアが浮かんでくるようだ。


注文の品が来た。
中田「(ペルーでは)コカ・コーラより売れているという
インカ・コーラ。しかも、コが「K」だからね。
『コラッ!(KOLA)』みたいな。
っっあー!インカコーラ」
031803.jpg

結局中田は、3時間の道中、2時間以上
パソコンを開いていた。

そして、中田が目指した場所・・・、
031806.jpg
それは、15世紀頃、アンデス山中の絶壁に築かれた、
インカ帝国の天空都市「マチュピチュ」。
今からおよそ90年前、アメリカ人探検家によって発見され、
未だに、多くの謎を秘めている世界遺産である。
旅のガイドは「地球の歩き方」♪
031807.jpg

見たことのない世界をのぞき、
見知らぬ人と触れあう、ナカタの旅。

031810.jpg
中田「(スペイン語)ここで働いてるの?」
男性「ええ」
中田「家はあそこ?(峰のてっぺんを指す)」
031814.jpg

男性「あれは、月の神殿なんですよ。」
中田「あー、向こうに月の神殿があるんだって。調べておけよ」
ディレクター「え えーっ!?」

中田:大笑い
中田はずんずん歩き、縦横無尽に動き回る。
(ルートを外れると警告の笛が・・・)
031815.jpg
そして見つけた、撮影のベストポジション!
実はこれ、中田自身のホームページに
掲載するためのビデオ撮影。
自分のHPは、自分で監督するのだ。
中田「天空都市、陰ってきちゃいましたけど(笑)
このマチュピチュはね、最近見た遺跡の中では
一番神秘的というか、感動的なので、
031820.jpg
是非ともみなさんも訪れてください。
カメラさん、ちょっとカメラ持って。写して下さい、
031817.jpg
こちらね、段々畑です。

ここでは昔あの、とうもろこしを作っていたという噂がありますけれども、
まあ、嘘っぽいですね。(注:本当です)

031828.jpg

あの、あちらの中央の場所では、
昔はサッカーの5人制をやっていたという話なんですけど、
今はもうやってません。(注:嘘です)

ゴールの跡もちゃんとありました。
やろうと思ったら怒られました。ピピピピピーって。」
ガイド「やぁ、お元気?日本の皆さん、こんにちは!」
031831.jpg

中田「ちょっと、喋ってよ。」
ガイド「あー、マチュピチュにようこそ、楽しんでいってください。」
「花崗岩の採石場が、このような高い場所にあったので、
上から下へと石を運び下ろすことが出来、
マチュピチュの(都市)建設は、うまくいったといわれています。」
中田「まあ、要約すると『新年おめでとうございます』と」
ディレクター「えっ!?」
中田「まあとりあえず、
『ここへ来たら食べ物は中では食べず、
ゴミは捨てず(に楽しんで帰って下さい』っていう、
超訳ですね。シドニー・シェルダンみたいな。」

「さようなら、『世界の車窓から』でした(笑)」

ディレクター「はい、カット!」

その日、ホテルでは・・・。
母「ナカタを撮影しているの?
031840.jpg
ドキュメンタリー?ナイス!」
中田は、世界中で、その顔を知られていた。
母「本当に引退したの?休んでるだけ?
もう、充分稼いだからいいやって感じ?
031842.jpg
スペイン語できるの?」
中田「ちょっとね。イタリア語に似てるから。」
母「あー。」
母「チャーリーよ。」
チャーリー「Thank you!」
サインをもらったチャーリー。
031845.jpg


翌日、中田は雲の上にいた。
031849.jpg
「このMachu Picchuでクリスマスを過ごした後はというと、
ブラジル!!・・・リオに行きます。」 (Nakata.netより)
南半球、真夏のリオ・デ・ジャネイロ。
ここには、ブラジルが誇る、
世界最大のサッカー・スタジアムがある。
中田は、ある人のためにここにやって来た。


その人とは、現役時代、共に戦った
元日本代表監督、ジーコ。
031853.jpg
ジーコ「元気?」 中田「げんきげんき。」
実はこの日、ジーコが主催するチャリティーマッチが行われ、
ジーコの趣旨に賛同した
そうそうたるメンバーが、世界中から大集結したのだ。
そんな中、アジアから唯一呼ばれたのが、
中田だった。


ジーコ「ナカタは、ここでプレーしたことがないので、
マラカナンでのプレーをすごく楽しみにしていたし、
みんなとのお祭りに参加してもらいたくて呼んだんだ。」
031863.jpg


その中田本人は、地元のメディアにこう語った。
中田「(英語)マラカナンは世界最大の
サッカー・スタジアムです。だからサッカー選手にとって、
ここでプレーすることは夢の一つ、僕もとても幸せです」
031866.jpg


世界のスーパースターが顔を揃えた
チャリティーマッチ。その対決は・・・
ブラジルの名門、フラメンゴ
対するは、アミーゴス・デ・ジーコ(ジーコの仲間たち)
031868.jpg


この試合の収益の一部は、
リオデジャネイロ市の教育支援プロジェクトに
寄付されるという。
さらに、貧しい人たちにもスーパースターのプレーを
間近で楽しんでもらおうと、
入場料はおよそ600円という破格の安さ。

031870.jpg
中田が公式の場でユニフォームを着たのは、半年ぶりのこと。
031891.jpg

50歳を過ぎたジーコも、大声援を受け、
現役時代さながらのプレーを見せる。
なんとオーバーヘッド!

この夜、スタジアムは4万人を越える人々の
熱狂と興奮に包まれた。
031873.jpg
試合に参加した中田は、何を思ったのか?
中田「やっぱりまずはそのサッカーが、
すごい世界中どれだけ大きいかって言うのが、
サッカーの外に出て、見て、初めてそれが分かって、
なおかつ、サッカーの求心力というか、
いろんな人がサッカーを観る、サッカーに興味がある・・・。
だったら、そういうことを使って、
伝えるツールに出来ないかなと。」
031888.jpg


中田は、自身のHPにこう記している。
「そんなサッカーだからこそ、
言葉や、宗教や、文化や、国の壁など関係なく、
いろんな人を魅了することができるし、
新たな人と人の関係を作りやすい。
サッカーなら、そんな手助けを出来るんじゃないかと、
こうやって旅しながら、最近強く思い始めている。」

031890.jpg


中田の頭の中には、新たないくつもの夢が
生まれようとしていた。

国際派!と思いきやギャグ好き!?ナカタの意外な素顔

今回の、マチュピチュ&ブラジルに同行したディレクター、小堺と申します。(30代既婚。)
実は、中田さんの旅は、ディレクター2人体制で取材を進めています。

今回のマチュピチュは、2人のディレクターが、2台のカメラを回す、という予定だったのですが・・・、
なんとクスコの町で1人のディレクター(第1回目のブータン篇を担当したディレクター牧)が、
夕食後の夜11時過ぎ、突如、食あたり(?)の症状に見舞われるという、緊急事態が勃発!
夜中の12時、現地のトマスさんというコーディネーターと、私と、2人で牧Dを、緊急病棟に搬送。
彼の顔は1.5倍に腫れあがり、背中には赤いうろこのようなデコボコができ、
私もかなり心配しました。クスコの病院はひと騒動。写真のような状態に。

small-IMGP0607.jpg

ある程度落ち着いたところで、牧の荷物をパッキングしにホテルに帰り、
そのまま明け方の5時、病院に戻り先生に病状を聞いたところ、
「まだ、安静にしていたほうがいい」とのこと。
夕食時に食べた何かに、アレルギー反応を示したようなのですが、
これが、お尻への注射と2泊3日の緊急入院となったわけです。

※その後、牧Dは退院し、いまは元気に取材を続けております。

というわけで、マチュピチュは、私1人で同行取材することとなりました。
今回、マチュピチュまでの道中は、名物列車「ハイラム・ビンガム号」の旅でした。
そのときの裏話をひとつ。まず、ホームでチェックインをするのですが、
実は中田さんがA号車、こちらの取材班がB号車の予約、
つまり席が離れているということが判明。これでは撮影が困ります。
すると中田さんは、すぐにスペイン語と英語を駆使し、
駅のスタッフと交渉、席を替えてくれるよう、交渉してくれたのです。
VTRでも出てきますが、中田さんはほんとうに、語学堪能。
見えない努力をしているのか、耳がいいのか?
いずれにしても、スペイン語の国で、現地の人とスペイン語で話せるのは、素敵ですよね。
それもあって、現地の人と、気軽に話をし、いい出会いが生まれているような気がします。
チケットを手にした中田さん、「変更しといたから。」
取材班「あ、ありがとうございます。」
その旅慣れた感じには、単純にへぇーと驚いてしまいました。

さて、旅好きな方のために、
あのマチュピチュ行きの高山列車「ハイラム・ビンガム号」について、ちょっと余談を。
~ハイラム・ビンガムというのは、歴史好きな方ならご存知かもしれませんが、
アメリカの探検家の名前をとった列車です。
ハイラム・ビンガムという人は、マチュピチュの「発見」者といわれる探検家で、
大ヒットした映画「インディ・ジョーンズ」のモデルになった人物ともいわれています。
今は、ヨーロッパの豪華列車「オリエント・エクスプレス(オリエント急行)」を
運営している会社(オリエント・エクスプレス社)が所有していて、
ピカピカの美しい車体と、伝統的なヨーロピアンスタイルの内装で、
“ハイラム・ビンガム号に乗ること自体が目的のひとつ”という観光客も多い、名物列車です。~

さて、その高山列車のなかで、他の乗客の人たちは、
2時間も3時間も歌や踊りに興じて遊んでいましたが、
それと裏腹に、中田さんはパソコンを開いて、仕事の話に熱中していました。
正直な話、最初、私は“せっかく乗ったんだから、
仕事しないでいろいろ車内を探険すればいいのに。もったいない。”と思っていました。

でも、しばらく仕事をする姿を撮影していて、途中で思ったんです、
中田さんはよく、「自分にとっては旅することが日常なんだ」と語っていますが、
“それって、こういうことなのかも”と。
つまり、私達はふだん旅をするとき、
“せっかく特別な場所に来たんだから、見ておこう”とか“景色をじっくり堪能しよう”
“パソコンを開いたりしたら、景色がみれなくてもったいない”、と思ってしまいます。
でも、「旅が日常」ということは、(これ、感覚的になかなか解るものではなく、
かなり想像が難しいことだと思います。事実、私はこの考えを、かなり頭を使って、
がんばって解ろうとしているんですが、話をもどすと、)
「旅が日常」ということは、そういった移動の時間も、特別というわけではなく、
あくまで日常の一部だということになるわけです。
自分がやるべきこと、やっておきたいことは、名物列車の中であろうとなんだろうと、
日常の仕事として進めるんですね。
これは、私にとって1つの面白い発見でした。

(結果的に、仕事が一段落したところで、
中田さんも楽隊のいる車両に遊びにいっていました。遊びも、きちんとこなしていました。)

そんな中田さん、VTRでは、列車内でPC使って仕事をする姿がありました。
事実、本当に、ちょっとでも時間があると、PC打って、何かを書き記しているんです。
私自身は、ふだんの取材のときに、メモ帳などの紙に“手書き”するタイプなので、
すかさずPCを開いてインプットする姿を見て、
「はぁ、こういう人もいるんだなぁ。現代人だ!」と思いました。
取材中、飛行機の中でも、さらに、なんと揺れる車の中でもPCを開いて、
膝の上でパチパチと打っている姿をしばしば見受けるほど!
これは、すごい、まるでNYのビジネスマンのようです。

small.jpg

そして到着した、インカ帝国の天空都市「マチュピチュ」。
遺跡は、山の上にあるので、人によっては空気が薄く感じることもあります。
そんな中、中田さんは健脚!ずんずん歩くし、スイスイ石段を登るし、
スピードも速くて、ピョンピョン石段を降りるし、カメラが付いて行くのに、ハァハァ。
しかし、“密着取材しているのに、撮影カメラが離れては、中田さんの姿をつたえられない!”と、
とにかく「ナカタ、ナカタ・・・ナカタを追え!」と自分に言い聞かせて追いかけました。
ハァハァいう声がカメラ・マイクに入らないように、
わざと小さめに、抑えた呼吸をしていたので、余計に苦しくなってしまい、1人で苦闘していました。
それにしても、やはり、サッカー選手の脚力は、半端ないですね。

でも、とても気遣いの人だと感じました。
なんせ、一人で追っかけ取材でしたので、カメラで撮影しながら、
バックパックにテープとバッテリーと音声機材と入れて、さらに三脚を突っ込んで、、、そして走り回る。
「オレのスピードによくついて来るね。」とかいいながら、
言葉には出さないけれど、ちょくちょく後ろを振り返って、気を遣ってくれているのがわかりました。

VTRには載せ切れなかった、マチュピチュからの帰りの話。
中田さんが持っていたのは、ハイラム・ビンガム号の往復切符だったのですが、
実は、帰りの便(夕方発)まで、少し時間が余ってしまいました。
すると、中田さん「地元の人が乗る、もっと安いローカル列車でいいから、
早い時刻に乗れる便あるんじゃなかなあ?」
で、自身でホテルのレセプションで相談し、難なく、切符を変更。
わたし達(取材班と事務所の人)2人分のチケットも変更してくれて、
帰りはローカルな列車でクスコまで帰りました。
(その列車に乗ったときは、雨が降っていたのと、
だんだん暗くなってきたので撮影しなかったんですが。)
中田さんって、そういうとてもフレキシブルな動きをする方だということを目の当たりにしました。
それもこれも、ご自身で言葉が出来て、直接交渉できるからだと思いますね。

そして、次の国、ブラジル!
南半球のブラジルは、夏真っ盛りでした。歌にもなっているコパカバーナの海岸には、
ブラジル特有のちっちゃいビキニをきたギャルがたくさん!
かとおもいきや、けっこう、ブラジル特有のちっちゃいビキニをきたおばさん(!)がたくさんいて、
撮影的にウキウキするような実景(サービスカット!)を撮るのに、ひと苦労。
ついでに、ピッチピチのビキニ(下)を履いたおじさんも、たくさんいました。
映像的に「美」ではなかったので、撮影はしませんでしたが・・・(苦笑)
みなさん、みられてどうとかいうことでなく、実に堂々としていて、
(体が10だとしたら、小さな水着で隠れている部分は1くらい。)
“アタシが、オレが楽しいから、この水着でいいんだー、どうだー、がはは!”みたいなノリで、
ああいうのいいですね。

small-IMGP0694.jpg

写真は、ビキニの可愛いおちびちゃん(※そこだけ、拡大したほうがいいかもしれません)

取材にあったように、ブラジルへ行った大きな目的は、
元日本代表監督ジーコさんが開催する、試合に出るためでした。

実は、試合のハーフタイム、ピッチで、休憩する中田さんにこんな質問をしてみました、
「ジーコさんって、中田さんにとってどういう存在ですか?」
すると、ひと言、中田:「いい友達だよ!」

最初は、“へっ、それだけ?”と思いました。
でも・・・、その考えは後に改まりました。
ジーコさんと、あんなに楽しそうに抱擁する中田さん、ピッチで笑みをかわす中田さん。
そしてブラジルであんなにも人々に愛され、リスペクトもされ、
主催するマッチは、大盛り上がりになるジーコさん。

VTRでも登場するピッチでのインタビューは、こうでした、
ジーコ:「ナカタはマラカナンでプレーしたことがないし、
みんなとのお祭りに参加してもらいたいと思ったから呼んだんだ」
中田:「マラカナンでプレーできて、ほんとに嬉しいし、プレーヤーとして幸せだ」
さらに、中田氏は「ジーコは日本のサッカーを向上させてくれた。プレーヤーとして、
監督として、さらに人として尊敬するし、大好きな人だ」とも語っています。
あのインタビューは、ジーコさんと中田さんと、それぞれ別々の場所で、
別々の時間帯に訊いたもの、それにもかかわらず、
2人の話していることは、みごとに相思相愛でした。
「ジーコはいい友達だよ!」という中田さん。
その「友達」という言葉には、大きな信頼と愛情が含まれているんだな、と。
多くを語らないけれど、いや、多くを語らないからこそ、
素敵な関係なんだなと感じた、「友達」のひと言でした。

small-IMGP0683.jpg

(コパカバーナ海岸で、ビーチサッカーであそんでいた中田氏。)
次回は、中田氏のアフリカでの様子をお届けします!おたのしみに。